愛知県長久手市の住宅地に、ハワイの伝統的な施術を受けられる小さなサロンがあります。ロミロミサロン名は「PŪPŪ(プープー)」。オーナーの香田祐江(こうだゆうこ)さんが、個人事業主として歩み始めたのは2019年のこと。コロナ禍により活動の場をすべて失い、一からサロンを作り上げました。
施術歴18年、いまではリピーターが8割を超えるサロンとなりました。子どもとそばにいながら、自分が本当にやりたいことで生きていく——香田さんが手に入れた「自由な働き方」について伺いました。
ハワイ伝統の施術「ロミロミ」とは

PŪPŪはハワイアンロミロミ専門の女性専用サロンです。ロミロミとはハワイ語で「揉む、すりつぶす」を意味する伝統的施術。波が打ち寄せるようなリズムで全身を大きく流していきます。
お客様は20代から70代前半までの幅広い年代の方がいます。
- ロミロミという言葉を初めて知った方
- ハワイ旅行で体験したロミロミを日本でも受けたいと思っていた方
- 「リラックスしてみたい」と一歩踏み出す方
それぞれの理由でドアを開ける人たちを、香田さんは一人ひとりに向き合って迎えます。
「私が探していたものはこれだ!」——ロミロミとの出会い

「 子どもの頃からずっと、『 何かをやりたい 』という気持ちがあった」と香田さんは振り返ります。しかし、それが何なのかがわからないまま、10年間一般企業で働き続けていました。事務、販売、さまざまな職場を経験しましたが、どれもしっくりこない日々。子どもの頃から集団の場が苦手で、自分らしくいられない感覚をずっと抱いていたそうです。
転機は結婚して仕事を辞めたときに訪れました。「 自分の好きなことをやりたいと考えたときに、以前から気になっていた『 福祉の世界』 に行ってみたい 」と思ったそうです。
近所のデイサービスに「ボランティアさせてもらえませんか?」とまずは電話しました。快く受け入れてもらい、週3回通いながら入浴介助や食事の補助を体験。そんな日々の中で、「職業訓練校でヘルパー資格を取ったら?」とデイサービスの管理者に勧められ、香田さんは職業訓練校へ通うことを決めます。
「職業訓練校の実習の中で入浴介助の練習があり、手や足を洗う授業がありました。そのときに、私自身がすごく癒されたんです。」
人に触れることで、自分のほうが満たされる。その感覚が忘れられず、香田さんはさまざまな施術を調べ、実際に足を運んでみました。しかし、どれもしっくりこなかったといいます。
そんなときに出会ったのが、ロミロミという言葉でした。
「ネットで調べると『世界一スピリチュアルな施術』と紹介されていました。さらに読み進めると、『施術する人が道具の一部になり、宇宙とつながるパイプ役になる』とがあったんです。」
ちょうどその頃、香田さんは霊氣(レイキ)という手当て療法を題材にした小説を読み終えたばかりでした。『施術者は宇宙とのパイプ役』というロミロミの説明は、まるで自分のことのように胸に響きました。霊氣とロミロミが、香田さんの中でひとつにつながった瞬間でした。
子どもの頃から手に職をつけたいと思っていた香田さん。「実家は自営業をしており、親の働いている姿を見ていたので、自分が職人として働いていくのが憧れでした。」
子どもの頃から短くて太い手がコンプレックスだった一方で、「あなたは特徴的な手をしているから、職人向けだね」と言われることもあったそうです。
「自分の手で何かやっていきたいなってずっと思っていたのですが、これだ!って思ったんです。会社の中で歯車の1個じゃなくて、直接お客様から『ありがとう』と言ってもらえるような1対1の仕事がしたい。それが、ロミロミでした。」と。
「やりたいこと」がようやく見つかったのはこのときでした。
※霊気…手のひらを当てて自然界のエネルギーを届けるとされる、日本発祥の手当て療法。施術者が”エネルギーの通り道”になるという考え方が特徴です。
サロンで働きながら本場ハワイでロミロミを学ぶ
ロミロミに興味を持った香田さんは、「どんな施術かもっと知りたい」と思い、サロンを調べ、予約しました。実際に施術を受けたサロンで、スクール生としても習うことになります。そして、その系列サロンで、セラピストとして働き始めました 。学んだ技術を、現場で実際のお客様に向けて磨いていく日々が始まります。
さらにサロン勤務をしながら、本場ハワイへも2度学びにも行きました。サロンのオーナーが紹介してくれたシーラ先生のもとで、ビギニングクラスとアドバンスクラスを修了。技術だけでなく、ロミロミに込められた祈りや精神性まで、時間をかけて自分のものにしていきました。

出張専門で始めたPŪPŪは、コロナ禍でお客様がゼロに
サロンの委託業務やレンタルスペースでの施術などの出張専門で始めたPŪPŪは、2026年に7年目を迎えました。現在は自宅サロンを開き、月に1回出張ロミロミをしていますが、開業当初は外で働くのが好きだった香田さん。子育ての真っ最中だったからこそ、家庭を離れて働く時間に社会とつながっている実感があったそうです。
実は、香田さんが惹かれていたのはロミロミだけではありませんでした。霊氣やロミロミと同じように、目に見えない大きな力に導かれる感覚が得られるものとして、「マナカード」がありました。
「ハワイには、タロットカードのような占いをするためのマナカードがあります。マナカード仲間が月に1度、カフェをレンタルスペースにして占いをしているのをインスタグラムで知りました。子どもの保活やロミロミをどのように始めたらいいかみてほしくなり、思いきって会いに行きました。」と香田さん。
その仲間に相談すると、「このカフェの店長さんが施術ができる人を探しているから、よかったらやってみない?」と提案してくれました。その場ですぐにお願いして、ロミロミを始めようと決意したのです。

「最初は全然お客様が来なくて、まったく施術ができない日もありました。カフェに来られるお客様にも声をかけたのですが、なかなかうまくいかず。とはいえ、何かしなくてはと思い、SNSやブログなどで発信は続けていました。」
レンタルスペースだけでなく、別のサロンで歩合制でロミロミの施術もしたといいます。ここでも自分をどうやってアピールしていいのかが分からず、悩む日々がさらに続きます。
そんな状態が何ヶ月か続いた2020年の春、新型コロナウイルスが猛威をふるい、活動の場が途絶えました。開業届を出して、4月からお子さんを保育園に入れる予定だったこともあり、香田さんはあせっていたと話します。
そんなとき背中を押してくれたのは、レンタルスペースとして貸し出してくれていたカフェのオーナーでした。「子どもが小さいうちは、小回りが利く自宅を拠点にしたほうがいいよ。」
当時、知らない人を自宅に招くのに抵抗があり、自宅サロンは選択肢になかったようです。しかしその一言が、香田さんの意識を変えました。「私にはもうほかの選択肢はない。この際、自宅でロミロミをやってみよう!」と。コロナ禍の給付金をもとにベッドや棚を少しずつ揃え、2020年に自宅サロンをオープンしました。
「カフェのオーナーが背中を押してくれたおかげで、今のPŪPŪというロミロミサロンがあります。もし自宅でサロンを開業していなかったら、今とはまったく違ったものになっていたと思います。」と語ってくれました。
「私自身が子どもの頃に親の働く姿を見ていたように、自分の子どもにも私の仕事を見せたかったのも理由の一つです。子育てと仕事を両立させたかったという思いもあったので、今では自宅でサロンを開業してよかったと心から思っています。」と笑顔で話してくれました。
娘が調子を崩したあの日「自宅にしてよかった」と心から思った瞬間

自宅サロンをオープンして数年後、香田さんの娘が小学3年生のとき、特に理由もなくお腹が痛い・頭が痛いと調子を崩した時期がありました。
「もし私が外で働いていたら、無理やり学校へ行かせていたかもしれない。だとしたら、娘との関係も今と全然違っていたんだろうなと、すごく感じます。自宅だからこそ、子どもの変化に気づき、そばにいることができました。子育てと仕事を両立するという意味でも、『自宅にしてよかった』と心から思った瞬間でしたね。」と当時を振り返ります。
コロナ禍以降、小学校のルールにも変化がありました。
- 暑さ指数が、ある一定の基準になった場合、翌日は休校
- 子どもに何かしらの変化がみられたらお休みを推奨
などです。
「自宅で働いているので、急なお休みも慌てる必要がありません。子どもは児童クラブに通っていますが、子どもの気持ちや体調に合わせてクラブをお休みさせることもあります。こういうときは、自宅で働いていてよかったと何度も思います。デメリットよりメリットのほうがはるかに大きいんです。子どもに合わせられる今の働き方は、自分にとっても、ムリのない働き方になっています。」と香田さんは目元を緩ませました。
自分にとって一番心地よい空間を作り続ける
今のPŪPŪは、開業当初とは異なる空間・雰囲気になっています。コロナ禍で施術ができない時間を使い、2年以上かけて「自分のパワースポット」を作り上げていきました。
窓にかかる柔らかな布は、香田さんが自分の手で染めたもの。くらげの飾りに合う海をイメージした生地を探していたが見つからず、知多木綿の工房で一から染め上げました。オーダーメイドのリースやお客様からいただいた絵も壁に飾りも、サロンの隅々まで香田さんの「好き」で埋め尽くされています。

「本当にこだわって、好きなものだけに囲まれて好きなことをやりたい。自分が一番心地いい状態にしておきたいって、すごく思ったんです。」
HSP気質のある香田さんは、匂いや感触、人との距離感に敏感なため、自分が不快に感じるものはやめていきました。お客様の反応を見ながら少しずつ変えていく。それが、PŪPŪを育て続ける原動力になっています。
ほかにも、毎回洗える素材のスリッパにしたり、アンケートを実施してより良いギフトを考えたりなど、自分だけでなく、お客様にとって心地よい空間とは何かを、今も考え続けています。そんな風にサロンと真剣に向き合ってきた香田さんのもとには、8割ものリピーターさんが通い続けています。
「お客様の声が、サロンを育ててくれた」——個人店だから動ける改善の自由
お客様の声を受け取り、すぐに動く。それがPŪPŪの流儀です。
当初、マンションの敷地内にある駐車場を案内していましたが「番号だけでは迷うし、不安」とのお客様の声を受けて、近くに別の場所を借りて看板を設置しました。

また、キャッシュレス決済の導入も、お客様の一言がきっかけでした。「キャッシュレスにしてくれたら、もっとサロンへ気軽に来られるから」と。提案してくれたお客様は普段キャッシュレスにもかかわらず、PŪPŪへ行くときはATMに立ち寄り、現金を用意していたのを知りました。
当時、現金主義だった香田さん。あるとき、公式LINEで「現金でないと困る方はいますか?」とアンケートを取ると、これまで現金で払っていたお客様から「個人店だから手数料がかかるカードより、現金のほうが良いのでは」と気遣いの声が届いたそうです。
「このようなお客様の気持ちに応えるために、キャッシュレスを導入しよう」
まずはPayPayから導入し、今ではさまざまなキャッシュレスに対応しています。
「キャッシュレスに移行して本当によかったと心から思います。キャッシュレスを進めてくれたお客さんには感謝しかありませんね。すぐに改善できるのも、個人店だからこその強みだと思います。」
誰かの背中を押せる経験がうれしい
サロン経営以外にも取り組んでいることがあります。「自分が今まで多くの人に背中を押してもらったように、背中を押す人になりたい」という思いから、毎月起業座談会を開催しているそう。
参加者の募集は、Instagramやブログで告知しているそうで、集まってくるのはかつての香田さんと同じように、一歩を踏み出せずにいる人たちです。

「起業の座談会をきっかけに開業しました、という連絡をときどきいただきます。あのとき背中を押してもらいましたと言われると、やってよかったなと思います。自分が悩みながら歩んできた道が、次の誰かの一歩になるのがうれしいですね。」と香田さんは話してくれました。
モヤモヤを抱えていた開業当時から、発信を続けながら一歩ずつ進んできました。2019年から始めたInstagramの投稿は、現在では1,400件を超えています。
「個人でお店をするには、発信しかありません。モチベーションに頼らず、ルーティンでやり続けることが大事なんです」と言葉に熱がこもってたのが印象的でした。
小さくてもいいから、まずはじめてほしい
10年間しっくりこなかった会社員時代。さまよい続けたなかで「私が探していたのはこれだった!」と確信したロミロミとの出会い。コロナ禍のどん底で背中を押してくれたレンタルスペースのオーナーからの一言。自宅でのサロン経営という選択、お子さんとそばにいられる日々——香田さんの歩みのすべてが、これから何かを始めようとする人へのエールになっています。
「小さくてもいいからまずは、やってみたいことをはじめてほしいなと思います。試行錯誤しながら変えながら進んでいけば大丈夫です。本当にやりたいことをやれる自由さがあるので、ぜひチャレンジしてほしいですね。」
かつての自分と同じように迷う人へ、最後に香田さんはこう語りかけてくれたのでした。

